カイロまで―日記より―
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ヨーロッパの旅
著:勅使河原蒼風
1900年生まれ。華道草月流の創始者。
1928年、第1回草月流展を開催し、軽快でモダンな花が評判となり、NHKラジオのいけばな講座を担当、この放送や以後の草月展を通じて草月流いけばなが広く知られるようになる。
華道において斬新な手法を多く提供し「花のピカソ」と呼ばれた。
ヨーロッパの旅
土産話
食べもの
日本料理がうまくてフランス料理がうまくなかった。これは私個人の感じだろう。それはわたしは洋食がきらいだからだとおもうので、魯山人がいうように、公式的にそれをいうことは出来ない。
フランス料理がまずいということは日本料理しかおいしいとおもわないわたしなどのいえたわけのものではない。洋食そのものが口に合わないのだから仕方がない。
フラソスヘ行ってどうしてカタツムリとかナメクジの独特の料理を食べて来なかったかという人がいるけれども、すこしためしてみたのだが、ことによったらと思ったフランス料理もどうにも嫌いなんだから仕方がない。
ヨーロッパ中でパリにだけたった一軒日本料理屋があって、そこへ行っては、お剌身だとか、おひたしやすのものを食べていた。日本に持って来れば三流以下なのだろうが、それ一軒しかないし、結構わたしにはおいしいのだ。
たべものの都合というのは大したもので、少しぐらいうことだ。パリの水ほどまずい水は少いだろうとおもった。パリの水を飲むと腹を下すなどと言われていたのでこわごわ一度飲んでみたんだが、味が悪い。日本の水を飲んでると何てひどい水だろうと思う。
そこで皆ブドウ酒を水の代りに飲んでいるのだそうだ。朝からブドウ酒を飲んでいるんだが、これは慣れないとどうもわたしなどは仕事に障っていやだった。
朝からブドウ酒、昼もブドウ酒、すぐほろ酔いになってしまう。夕方みたいな気持になって仕事がいやになってしまう。慣れればあれでいいらしい。
しかし老人でステッキをついてブルブルふるえてるアル中患者の多い原因の一つはそれじゃないかと思った。
水がまずいからブドウ酒を飲むんだっていうが、ブドウ酒がうまいから水を飲まないということも出来るかも知れない。それほどブドウ酒がうまいしまた安いのでもある。
本当に安いらしく、地味な生活をしている人が多いから、酒屋ヘビンを持って夕方おやじさんも、おかみさんたちも買いに行く。一日分ずつ買うらしく、生のブドウ酒だからそうするのがいちばんおいしいのだろう。
食物のことでどうしてもいわねばならない事がある。それは各新聞社の特派員の人達が向うへいっているのだが、東京新聞特派員の笹本さんは料理が実に上手だった。
第一笹本さんのところへ行くとパンでこしらえた糠味噌なんぞ堂々たるものでキウリやナッパなんぞ上手に漬けてあって、なんともなつかしいおしんこをたべさして貰える。
御飯の炊き方も上手だし、ちょっとした新鮮なお料理がすぐ出来るのだ。実に向うにいる男やもめ連中は器用にいろいろやっている。
むろん市場の買出しにも自分で行くわけで、日本に帰って来ればいずれも何々部長さんだからアゴの先で人を使っているだけの人たちなのだが、味噌汁をつくったりそうめんをゆでたりする。
記者仲間で一番笹本さんが料理上手というので「笹本亭」という尊称が通っている。
ところが一方に共同通信の高田さんなども研究の結果だんだんうまくなったというのでノレンを分けてやるということになり、「分け笹本」で通っているというありさま。これだってむろん高田氏もこっちでは社会部長あたりをしていた人だからいばっていればいいんだろうが向うでは酢の物のカゲンを自慢し合ったりしているというわけだ。
何しろ肝心の最もローカル・カラー豊かなフランス料理がたべたくないのだからはっきりしたことはいえないのだが、フランス料理というのは世界一だそうだ。ただ日本の料理の方も非常に進んでいるということはたしかだろう。日本の洋食を食べてみて、パリよりもおいしいと思ったことはたくさんあるのだから。
日本人の味覚は世界最優秀かも知れない。アメリカヘ行ったときは、それでも日本料理屋がニューヨークに五、六軒あって、大しておいしくはないのだがアメリカ人は馬鹿にうまいうまいとさかんに押しよせてきていた。