カイロまで―日記より―
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ヨーロッパの旅
著:勅使河原蒼風
1900年生まれ。華道草月流の創始者。
1928年、第1回草月流展を開催し、軽快でモダンな花が評判となり、NHKラジオのいけばな講座を担当、この放送や以後の草月展を通じて草月流いけばなが広く知られるようになる。
華道において斬新な手法を多く提供し「花のピカソ」と呼ばれた。
ヨーロッパの旅
旅信
妻へ
スペインのマドリッドヘ来ました。
パリで審査員だったここの人が是非スペインのバラも見てほしいというのだ。
マドリッドは一寸シャレたところ。
美馬美女が多いようだ。
みんなカルメンでホセであるんだろう。
ホデル・リッツというので一流らしい。
食事のとき(夜の九時から)オーケストラがついていて、お客もみんな黒い服でちゃんとして出てくるんでちょっと気がはるです。
気にし屋の霞は特にナリでこまっています。
さておしいのは闘牛がないということで、一年にこんなのはめずらしいそうで、えらいときに来た毛のさ。この一週間はないというんです。
しかたがないから、もう一つのスペイン名物のカルメン式ダンスを見物。
えらい勢いで床をフミナラシてくるっとスカートをひんまくる式のものだが、一緒にならんで唄う男の声のいいこと。ギターに合せて一寸ハクライのシンナイというところなり。
○
男の人が全部といっていいほど、昼飯にはわが家に帰るのがおもしろいとおもいました。
そうでしょう、日本でそんなことはありませんからな。
むろん夜のごはんもわが家です。
日本はあんまり料理屋を使いすぎる。外の食べものを使いすぎる。かも知れませんね。
人を招いて、わが家の手料理で、というのが多いですよ。わたしもかなりあちこち招ばれますが、いろんなものを手製でならべます。
そしてその客のいるあいだ中、みんなよくしゃべります。ほとんどしゃべり通すんです。
フランスの人はともかく話がすきなんですね。
ユーモラスにやるらしいんで、みんなキゲンよく、クッタクなく、コダワリなく、というのが習慣らしいです。
今日ある新聞社の人にここの路を一寸通ってごらんなさいと案内されたのが、私娼街です。
両側にズラリと、いや実に堂々たるもので大変な数です。昼間のことですよ。公娼がないからなのか、いやあっても同じなのか。さかんなものです。
夜シャンゼリゼの大通りを歩いていたりする時、よくぞばへ寄って来てなんとかかんとか小声でいうのです。
日本の場合より多いかも知れない。
今日は妙な便りになってしまいましたな。
○
パリを始め、ヨーロッパは男の人のヒゲが大流行です。
鼻の下だけの細いのもまだありますが、おもにモミアゲとアゴをつづけた、ホオアゴ型が多いです。
若い人に多いからおもしろいんで、日本ではやらせても日本人の平べったい顔には似合いませんな。
六月末なのにロンドンは寒く冷える。
ダブルで山高で傘をもった紳士達がキンチョウした顔で沢山出てくる。
こう寒くちゃいくらでもシャレラレルヨ。
日本だって夏さむいなら、ロンドン式にしたらいいんだ。やはり日本はアロハがぴったりくることをロンドンでは痛感。
カンヌ、ニース。鎌倉のずっと大きい、広い、そして立派で、金がかかっていて、清潔で、どっしりしていて―これじゃあなにも鎌倉を相手に出すことはないね。
つまり派手でたのしそうな映画的な海と山を想像してみて貰おう。
これからリオン、フランクフルトなどを経てローマヘ行く。
ローマは映画で見ていろいろ予備知識があったわけだが、まずそれほどコチョウもウソもなかったと感服。
男女相乗りのスターターが縦横に走り歩く。男も女もしっかりしたからだで、なかには相当ズルそうな男などがいるが、おかげでまだ何もヌスマレたりしないから大丈夫。
遊びに来ればおもしろいとおもうようにすベてが、チョックラチョット出来たものでないもっともらしさに満ちた都である。
やっぱりヨーロッパの花形役者にちがいないね。
いまのところたべもの良。
○
ベニスで月に出られちゃあやりきれないという感じです。まったくつい甘い耽美派にされちゃうように出来ている所だが、ここはそれでいいとおもった。
しかしこう観光客が多くちゃあそれにおぼれるよりしかたがあるまい。
ホテルの食堂で花がきれいだったのはここぐらいなものだ。バラがね。
○
チューリッヒにて
スイスは田舎の山奥まで掃き清めたという姿だ。山も水もハンカチの箱の蓋に描いた絵の通りで、別世界とはこのこと。
これが本当の人間の世界なんだろうが、残念ながらウソの世界に見える境遇をいかにせんやだ。石井好子さんが先きに来ていたホテルに到着。
ベルンにて
これからドイツに行き、たぶんバーデンバーデン、ハイデルベルヒあたりまでしか行かれないでしょう。なにしろパリ祭までにパリに着いてさっそく帰り仕度にかからねばならないもの。